バーへようこそ#8 東京・人形町 BAR VICTOR’S 一点の曇りもないカクテルへの情熱

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バーへようこそ#8 東京・人形町 BAR VICTOR’S 一点の曇りもないカクテルへの情熱

こんにちは!BAR compass編集部の河合です。
BAR compassは再開発が進み盛り上がりを見せる東京・人形町に進出です!第8弾では人形町の「BAR VICTOR’S」(バーヴィクターズ)さんを特集します。
大好きなバーなんですがなかなかタイミングが合わず取材の機会を逃していました。
今回実現することができて個人的にめちゃくちゃうれしいバーです!

BAR VICTOR’Sのオーナーバーテンダーは岡崎 太佑(おかざき だいすけ)さん(以下、岡崎さん)

今回も貴重なお話をたくさん伺いました。

・人生を変えたバックパッカーとしての経験と思い出深い小説
・銀座での修業時代
・BAR VICTOR’Sに込めた思い
・岡崎さんの接客へのこだわり

岡崎さんというバーテンダーの魅力が少しでも伝わればという思いで記事を書かせていただきました。

前回の第7弾では新宿のバー、BAR Cocktail Book Shinjukuさんを取り上げております。
先日開催された「第33回HBA CLASSIC 創作カクテルコンペティション・チャンピオンシップ&カクテルフェスティバル2023」で見事優勝を果たしたバーテンダー、岡村さんのいらっしゃるバーです。今一番新宿で熱いバーといっても過言ではありません!ぜひともこちらの記事も併せてご覧ください。

BAR VICTOR’Sおすすめのカクテル

岡崎さんがおすすめのカクテルとして提供してくださったのは「シャンハイ」
マンハッタンやニューヨーク、ボストンクーラーなどと並ぶシティカクテルと呼ばれるジャンルのカクテル。

シャンハイは、岡崎さんがバーテンダーを志すきっかけにもなったバックパッカーとしての旅で一番最初に訪れた都市であり、まさに「思い入れのあるカクテル」だ。

ダークラムをベースにアニス(八角)リキュールとレモンジュース、グレナデンシロップを加えてシェイクする。ポイントはアニスリキュールとグレナデンシロップ。八角が中華らしさを演出し、味に深みを持たせる。そしてグレナデンシロップが全体の味を整えていく。

お味は酸味と甘みのバランスが本当に絶妙で最高!

「作り手の感覚が分かりやすく出るカクテルのひとつですね。」
まさに岡崎流の至高のシャンハイだ。

岡崎さんがバーテンダーを志した
きっかけ

BAR VICTOR’Sは2023年6月で3周年を迎えた。店内には胡蝶蘭が残っていた。

「大学4年時に休学してバックパッカーを始めたことが転機になりましたね。」

当時日本テレビ系列で放送されていた「電波少年シリーズ」や読んでいた本の影響などもあり、海外を旅することに興味を持った岡崎さん。何をやりたいか、自分がどうなりたいか。それを見つけるためにもバックパッカーとなって海外に飛び出した。
ここからバーテンダーにつながるのがとても興味深い。

バックパッカーとしての最終的な目標はアイスランドまで行きオーロラを見て帰ってくることだった。
上海から旅は始まり、東南アジア、インド、パキスタン、トルコと旅を続けていた岡崎さんだったが、旅は東欧で終わってしまう。

「実はインドで40万円盗まれちゃったんですよ…」

うん?よ、よんじゅうまん。。。

「現金で4000ドル持ってたんです。それを入れた財布をポーチの中で保管していたんですが、寝台列車に乗っている時にポーチごと盗まれたんですよ…」

なんたる悲劇…
この約40万を盗まれてしまったことで、残りは現金と別に持っていたトラベラーズチェックだけになってしまった。この残金で行けるところまで行ったところ、東欧のブルガリアで旅が終わってしまったという。

インド, バリナシア, ガンジス川, ボート, インド, インド, インド

そんな波乱万丈な旅の中でも岡崎さんが強く感じたことがあった。

「行く先々でお世話になったのは商売人の方だったんですよね。自分たちみたいな汚い恰好をしている奴はなかなかオフィスワーカーの人とは仲良くなれないんです。それはどの国に行っても一緒でしたね。
 でも、バーテンダーの方やゲストハウスやペンションの方など自営業の方はとてもよくしてくださいました。特にインドでは船の上にある家族経営のホテルの皆さんにとてもお世話になって、ひとりでは行けないようなところにもたくさん連れて行ってもらいましたね。」

帰国後は本好きだったこともあり、出版社で働いたりライターの仕事をやってみたいとなんとなく思っていた岡崎さんだったが、いろいろと考えを整理していく中で「自分で空間を作る」ことに挑戦してみたいと思った、という。

最初からバーテンダーに行き着いたわけではなかった。最初はペンションやホテルを作ることを考えていたり、レストラン経営をするのも悪くないと思っていた。しかし、自分が売れるものってなんだろう。それを考えた時にバーという選択肢が頭をよぎったという。

「これは直感だったんですが、お客様の口に含むものを提供する商売の中で、もっとも接客ができるのがバーテンダーなのかなと思っていました。そして、モノづくり(メイキング)と接客の両方を経験できるバーっていう空間が自分に合ってるんじゃないかなと思いました。」

また、旅以外にも岡崎さんに大きな影響を与えた小説があった。レイモンド・チャンドラーの「ロング・グッドバイ」だ。名探偵フィリップ・マーロウが登場する小説で、「ギムレットには早すぎる。」の一節がとても有名だ。ギムレットが登場するということはもちろん作中にバーが登場する。
「ロング・グッドバイ」は岡崎さんをバー、バーテンダーにいざなう力を持つ小説だった。

世界を代表するハードボイルド小説を皆さんもぜひ!

「やっぱりこの小説のバーのシーンって自分の頭のどこかにずっとあったんですよね。バーにするかまた違う道にするかを選ぶ時に後押しをしてくれました。

旅と本。この2つが岡崎さんの人生を大きく変えた。

その後、岡崎さんは出身地である埼玉県の浦和駅前のBar LINN HOUSEを訪れ、このバーのオーナーバーテンダーである鈴木マスターに銀座のバーを紹介いただき、銀座の名店であるリトルスミスにつながった。

「直感的であった」ものの、ここから岡崎さんのバーテンダーとしての新たな旅が始まる。

銀座での経験

当時のリトルスミスには、現在の銀座を引っ張るバーテンダーがたくさん在籍していた。

他の街のバーで働くことはなく、いきなり銀座のバーに挑戦した岡崎さん。他の街との比較はできない、と前置きをしながらも当時の銀座での経験を語ってくれた。

「やはり修行の日々が続きましたね。特に最初は厳しかったです。私が銀座にいた頃はまだまだ職人の徒弟制度のようなものが色濃く残っていました。」

先輩方からは礼節に至るまでしっかり指導をしていただいた。他のバーに行く時のマナーなども厳しく叩き込まれたという。こういった銀座の厳しいルールのど真ん中で修業ができたことは自分にとって大きな財産だ、と岡崎さんは語る。

「いい意味でバーテンダーという世界にどんどんハマっていきました。生意気なこと言いますが、自分は生真面目なところがある反面、あっさりしているところもあって、なんか違うなと思ったら割と早く離れてしまう性格だと思っています。でも、魅力的な先輩方がたくさんいらっしゃって、バーテンダーという仕事が好きになる一方でした。」

リトルスミスという環境が岡崎さんにフィットしていたとも語ってくれた。
リトルスミスにはカクテルメイクに関してなどの厳密なルールがないという。姉妹店含め総勢10人の岡崎さんの先輩方がそれぞれまったく違う仕事の仕方をしていた。もちろん接客だって一人一人違う。それを横で見ていた岡崎さんは「すごくクリエイティブな仕事だな」と感じたという。

「こういったルールを作るのってなかなか難しいと思うんですよね。お客様ひとりひとりの味覚も違うわけですから、最終的には直感で仕事をしないといけない部分だってあるんです。そういった感覚はリトルスミスだから学べたことだと思いますし、現在の営業スタイルにもつながるものがありますね。」

人形町での独立

リトルスミスで働きながらもずっと岡崎さんの頭の中には「独立」の2文字があった。

「3年目、5年目、7年目の節目で毎回独立について考えました。その度に尊敬する先輩方に『まだ辞めないほうがいい』と言われ、気づいたら10年リトルスミスに在籍しました。10年目の節目でとうとう独立を決意したという感じですね。」

銀座で修業をしたバーテンダーは銀座にお店を構えるパターンも多い。しかし、岡崎さんが選んだのは人形町だった。これにはどういった理由があったのか。

岡崎さんは一言。「場所にこだわりはなかったんですよね。」

「強いて言えば、地元の埼玉・浦和でバーをオープンさせようと考えました。でも物件が見つからないとかやるならやっぱり銀座がいいんじゃないかとアドバイスを受けたりとかいろいろあったんですよね。」

場所にこだわりはないものの、岡崎さんの作りたいバーのイメージは明確だった。

「カウンターメインでお客様に接客も楽しんでもらえるバーを作りたかったんです。長い一枚のカウンターがあれば、後ろがちょっと狭くなってもいい。そういうこだわりがありました。」

銀座、東銀座、築地といろんな物件を探したが、なかなか岡崎さんのイメージと合う物件は見つからなかった。そして、とうとう人形町の物件を内見に来た時にピンとくるものがあった。

「最初は廃墟みたいだったんですよね。でも、カウンターも入りそうな感じはしましたし、人形町は好きな街だったので思い切ってここに決めました。」

もともと居酒屋だった物件を一度まっさらにし、イチから内装を作り込んでいった。内装は岡崎さんが尊敬するバーテンダーのひとり、鈴木マスターのBar LINN HOUSEと同じ作りにしたという。

こうして銀座を離れた岡崎さんの人形町での理想の空間づくりが2020年から始まる。

BAR VICTOR’Sのこだわり

「相変わらずメニューは用意していません。」

もちろんメニューを置かないことには理由がある。岡崎さんが意識しているのは「会話」を通じてのカクテルメイクだ。バーテンダーだけがカクテルメイクをするのではなく、お客様も一緒にカクテルを構築していくイメージを持ってカウンターに立っているという。

「バーの面白さってそこに尽きると思ってるんですよ。カクテルやバーって会話がすべてだと思っていて、自分の中では『バー=カクテル=会話』なんです。今日来てよかった、このカクテルがおいしかったって感想を原点に戻していくと、そこにあるのは必ず会話だと思うんです。」

カクテルがまったく分からなくていい。まっさらな状態からバーテンダーが提案を行いカクテルとして形にしていく。これこそバーテンダーという仕事の醍醐味ではないか、と熱意を込めて岡崎さんは語ってくれた。

「メニューがないとお客様と会話をして相手の好みを引き出していろんな提案をしていくってことをせざるを得ないんですよ。でもそれがバーの楽しさだと思うので、私はこれからもメニューを作ることはないと思いますね。」

バーに慣れていないお客様に向けて

岡崎さんからは一言。「接客だと思うんですよね。」

バーは慣れていないお客様にはより一層しっかりとした接客をしていなかければならないと岡崎さんは考えている。

「どういう飲食店が好きかって言ったら、やっぱりそのお店の人のことを知っている飲食店になるんじゃないかと私は思うんですよね。だから、接客もしっかり行ってなるべく特別感というよりもBAR VICTOR’S日常の一コマであることを意識しているんです。日常にさりげなく溶け込んでいくっていうのは大切ですね。

岡崎さんがバーテンダーをやっていて一番幸せに思うこと。それは「お客様と会話をしながらお互いに作っていったカクテルを楽しんでもらい、BAR VICTOR’Sに再訪いただくこと」だという。

正直、ここまで接客に力を入れているバーもそう多くはないと思う。
岡崎さん、そしてBAR VICTOR’S。本当にすばらしい貴重な存在だ。

岡崎さんの今後の目標

最後に岡崎さんの今後の目標を聞いてみた。

「もっともっとカクテルやバーのファンを増やしていきたいと考えています。」

岡崎さんは、なんだかんだバーに行く機会がある人でも、考えるのが面倒で自分がよく飲むお酒しかオーダーしないことも多いのではないか、と言う。

「いろんなお酒があっていろんなカクテルが作れる環境があるのに、決まったものしか飲まないっていうのはちょっともったいないなと私は思うんです。だからこそお客様との会話を通して作るカクテルのおいしさ、楽しさを知ってもらうっていうのが私の目標になりますね。

また、「都会」と「風光明媚な山や森の中」の2拠点のバーを経営することも目標としていると語ってくれた。喧騒から完全に離れた非日常空間の実現がお客様とバーテンダー双方の人生を豊かにすることにつながるのではないかと岡崎さんは考えている。
自然の中のバーは、あえて洗練され尽くされていない野性味を残したものにしたい。この岡崎さんの思い描くバーのイメージは多くのバーファンに響くものではないだろうか。


おいしいカクテルとはなにか。それは個人の好みに委ねられるが、その好みにバーテンダーはできるだけ共鳴しようとしなければならない。それが何より「お客様に寄り添う」ということなのだろう。

「何より私がカクテルが好きなんですよ。
 お客様はこの店主は何に対して情熱を持っているか必ず見ていると思います。この情熱に曇りがあってはならないと思っています。」

最後にそう語ってくれた岡崎さんからはバー、カクテルに対しての深い愛を感じた。

皆さんにも岡崎さんとお気に入りの一杯を見つける旅に出ていただきたい。

編集後記

「(これまでの取材では)皆さんしっかりとした雰囲気で撮影されていますね。私はダブルピースで行きますよ」
表紙の写真を撮影する際にライムを持ってダブルピースをしてくれた岡崎さん。こういったお茶目な一面が私も大好きです笑

しかし、そのお茶目さとは裏腹に熱く語ってくれたのが「接客」、「会話」への思い。取材を通してたくさんの岡崎さんの思いを知ることができ、自分にとってもとてもいい経験になりました。

そして、カクテルやバーに対しての情熱に曇りがあってはならないことについて熱く語る岡崎さんは本当にかっこよかったです。

今回の取材では私の知らない岡崎さんをとてもたくさん知ることができました。
世界中を旅していたことも本好きなことも取材前は知りませんでした…

私も大学時代に1か月間東南アジアを巡っていたり小説を読むのが大好きです。今はバーメインになっていますが、いちおう他にもいろんな趣味があるつもりです。
岡崎さんと自分に共通点があることもこれまでBAR VICTOR’Sで過ごす時間がとても心地よく感じた一つの理由なんだろうなと思います。

自分が好きなバーってなんなのか。そもそもバーってなんなのか。取材のたびに考えさせられます。
個人的には最近人と人とのつながり以外の何物でもないんだろうなというひとつの答えに行き着いています。カクテルがおいしいとかだけじゃダメなんですよね。やっぱり人と人との関係性あってこそなので。

BAR VICTOR’Sも今後もずっと通いたいバーのひとつです。岡崎さんのもっとカクテルやバーのファンを増やしたという思いをBAR compassも後押しできるように今後も尽力していきたいなと思います。

(記事 河合 佳祐) 

〇BAR VICTOR’S 詳細情報
・住所   
 東京都中央区日本橋人形町2-18-3-2F
・営業時間
 火曜日~金曜日

 19時~翌2時
 土日祝
 18時~翌1時
・定休日  
 月曜日、その他臨時休業あり
・アクセス 
 東京メトロ日比谷線「人形町駅」徒歩3分
・公式
ホームページは、こちら

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